分包の中の小さな文字と、未来の自分

調剤薬局の日常業務

薬局の調剤で錠剤の分包がある。朝・昼・夜と服用タイミングが同じ薬を一緒にパックにする方法である。

1種類であればあまり気にする必要もないが、これが5種類ほどに増え、さらに高齢になってくると、何をどのように服用したらよいのか分からなくなる状況になる。

私自身はいまは薬が1種類だけなので、その気持ちはまだ実感として分からない。だが、あと20年ほど経過すれば、同じような状況になるのかもしれない。

最近、年を重ねたと感じるのは、分包されたパックの中に入っている薬の印刷文字が見えにくくなってきたことである。特に、黒字ではなく白色で刻印されているような錠剤は判別しづらい。

薬を選択する際、つい文字が見えやすい製剤を選びたくなる自分がいる。しかも暗い場所では、なおさら見えにくくなる。実に困ったものである。
高齢者の方に多いのが、手指のしびれである。財布から硬貨を取り出すのも大変だという話をよく聞く。幸い、いまのところ自分はそこまでではないが、いずれは同じ道をたどるのかもしれない。

だからこそ、見えにくさ、触りにくさ、分かりにくさは、他人事ではなく将来の自分事である。そう考えると、薬の形や表示、包装の工夫は、高齢者のためだけでなく、未来の自分のための配慮でもあるのだと感じるのである。