徳之島のあるスーパーに行き店の中を歩き回ると、色々なところが見えてくる。鹿児島のスーパーでは、お惣菜やパンコーナーは別として棚には空きはなく、色々なものが置かれている。
一方で島では空いている箇所が多く、売れた後かもしれないがその後に補充するものがないように思える。
そんな中で、都会のスーパーでは「選ぶ楽しさ」が当たり前であるのに対し、島では「あるものを受け入れる暮らし」が日常であると感じる。品物が豊富に並ぶ都会では、消費者は自分の好みに合わせて選択できる。しかし島では、棚に残っているものや入荷したものに合わせて献立を考える。その違いは不便にも見えるが、同時に自然の流れや人と人とのつながりに沿った暮らし方でもある。
鹿児島市のスーパーの充実ぶりが「豊かさ」を象徴するなら、徳之島のスーパーの棚にある空白や偏りは「限りある中で工夫して生きる知恵」を象徴しているように思える。どちらが優れているということではなく、それぞれが地域の暮らし方を映し出す鏡である。
そして何よりも、島のスーパーには地元でとれた魚や野菜が並び、顔なじみの店員やお客さんとの何気ない会話がある。そこには都会では得られない、島ならではの温かさと魅力が確かに息づいている。



